振袖

 江戸時代初期の振袖は大振袖といっても、一尺五寸の袖丈が通例で、六尺袖とも呼ばれていた。

 六尺というのは一尺五寸で片袖三尺、両袖で六尺の用布に由来していると言われるが、、駕篭昇の陸尺看板の特有な長袖に似ているところから、その名が生じたとの説もある。袖丈は寛永頃(1624〜1644)は鯨尺の一尺七、八寸、貞享頃(1684〜1688)に二尺、元禄(1688〜1704)には二尺四、五寸、宝暦・明和頃(1751〜1772)は三尺袖と通称された三尺八、九寸の地を引きずるまでになった。

 袂の形も初期には薙刀の刃のような丸味のある形であったので、なぎ袖と呼ばれ、また別に鶯袖、そぎ袖などとの呼称もあった。今のような角袖風の挟になったのは元禄末期からのことである。

 年令に拘らず花嫁は振袖を着用したが、嫁して後振袖を止めるのを「袖留」と言って祝った。
婚礼に着られる複文様の紋付を、今日一般に留袖と称しているが、留袖の由来はこの「袖留」の祝に基づいていると考えられる。