1 着物の歴史1
小袖のおこり(奈良〜室町時代)
着物の原型である小袖、その名前は奈良時代のころからあったことが文献に見られる。奈良時代の衣服の制度を示した養老律令には、天皇の御礼服一揃いのなかに「大袖、裳、小袖、単…」とあり、袖口のひろい袖丈の長い大袖に対して、小袖は袖口が小さく、大袖の下に着た下着をさしていた。
平安時代になると、上流貴族の衣装は男性は束帯、女性は十二単衣に変わるが、この十二単衣の下には白絹の袷の小袖を着ていた。その後、次第に十二単衣などは簡略化されていき、いままで下着であったものが表着の役目を果たすようになる。
鎌倉時代には小袖が表着として着られるようになり、これに袴をつけた姿が一般的となった。
一方、庶民の服装は粗末な麻布で、男は筒袖、丈は腰丈までのきものに小袴をつけ、女はたもとの丸味のあるきものに細いひもをしめただけの着流しで簡素で活動的な身なりである。
室町時代の後半に起こった応仁の乱は様々な産業に潰滅的な打撃を及ぼしたが、染織においてはこれが結果として中世からの脱皮を触発する引き金となって、近世への通が開かれた。
とりわけ注目しなければならないのは、この時代に、現在の「着物」のプロトタイプともいうぺきものである「小袖」が、社会階層の上下を通じて衣生活の中心的存在となったことである。台頭していた武家社会の要請で、衣服の簡略化が進んだことも見逃せない。
そしてこの小袖服飾の成立によって、日本の染織は次第に織物中心から染物中心へと変化していった。
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